昔のペダリング論

ロードバイクに乗り始めもっと速くなりたいと考え出した頃は、ペダリングに関して様々なことを考えていました。上死点、下死点、引き足、円運動、ケイデンス、当時はそういった内容を扱った教本的な書籍も多くありました。

上死点では前に蹴るようにするとか、今の人にはあまり馴染みがないかもしれませんが、下死点では足の裏についたガムを地面にこすり取るようにするとか、そういう表現もよく見ました。ペダリングはできるだけ早いタイミングで踏み始める、極力円運動になるように踏みすぎない、力を一か所に集中させないようにする。そういったことも、自分なりにいろいろ試していた時期があります。

たしかに、低い強度で走っているときは、そういう意識を持つこと自体はできました。今、自分がどこで踏んでいるのか。どこで力が抜けているのか。ペダルがスムーズに回っているのか。そういうことを考えながら走ることはできます。

しかし、強度が上がってくると話は変わります。

それこそFTP走以上、VO2max域や無酸素域に入るようなきつい練習になってくると、一回一回のペダリングを細かく意識し続けるのはかなり難しくなります。

ケイデンスが100rpmであれば、1分間に100回もペダルが回っています。その一回一回に対して、上死点がどう、下死点がどう、引き足がどう、円運動がどう、と考え続ける余裕はほぼありません。

最後はもう、とにかくペダルに叩き込む。そんな感覚に近くなります。

では、昔のようにペダリングを細かく意識していたことで、自分は速くなったのでしょうか。

正直なところ、それで速くなったのかと言われると、よくわかりません。

もちろん、まったく意味がなかったとは思いません。初心者の頃、ただ前乗りで踏めばよいと思っていた頃のペダリングと、今のペダリングは違うと思います。今のほうが、無理に踏み込むだけではなく、体全体でバイクを進める感覚はあります。

ただ、それは「ここをこう意識して変えた」というよりも、走り込むうちに自然に身についていった部分が大きいようにも思います。

極端にハンドル荷重になって危ない思いをしたこともありますし、転んだこともあります。そういう経験をしていく中で、ペダリングだけではなく、自転車の乗り方そのものを考えるようになりました。どうすれば危なくないのか。どうすれば安定して走れるのか。どうすれば無駄なく、しかし安全に進めるのか。

今思えば、ペダリングだけを考えるよりも、自転車全体の乗り方として身についていったもののほうが大きかったのかもしれません。

昔はなぜペダリング論が多かったのか

昔は、今ほどパワーメーターが一般的ではありませんでした。

もちろん価格的な面でもそうですし、種類も今ほど多くはありませんでした。今のように、クランク型、ペダル型、スパイダー型など、様々な選択肢から選べる時代ではなかったと思います。

そのため、トレーニングを判断する材料は、心拍、ケイデンス、フォーム、感覚、そしてコースや峠のタイムなどが中心でした。のちにはStravaのセグメントタイムなども、走力を確認する大きな材料になっていきました。

もちろん、これらは今でも大切な要素です。しかし、パワーを数値化して見ることができる現在のトレーニングとは違い、当時は「速さ」というものを主にタイムでしか測りにくい時代だったのかもしれません。

だからこそ、「どう踏んでいるか」「どう回しているか」に意識が向きやすかったのだと思います。

その流れもあってか、パワーメーターでも単純なパワーの検出だけではなく、どう踏んでいるのかを可視化する機能が出てきました。いわゆるベクトル表示やパワーフェーズのような機能です。

ともあれ、ペダリング論というものは実際に本当にいろいろありました。

引き足を使うべきだという話もあれば、引き足は意識しすぎないほうが良いという話もあります。丸く回すべきだという話もあれば、踏むべきところでしっかり踏めば良いという話もあります。高ケイデンスが良いという考え方もあれば、トルクをかけられないとだめだという考え方もあります。

どれも一理あるように聞こえますし、実際に間違いではない部分もあると思います。

ただ、人によって言っていることが違う。理論もいろいろある。

だからこそ、ペダリングというのは非常に迷いやすい分野でもあったような気がしています。

パワーメーターによるトレーニングの基準の変化

パワーメーターが普及してから、ロードバイクのトレーニングは大きく変わりました。

FTPという概念が一般的になり、何Wで何分走れるのかを確認しやすくなりました。SSTをどれだけ継続できるのか。VO2max領域でどのぐらい追い込めているのか。NP、IF、TSSで練習負荷をどう見るのか。

こういったことが、以前よりもかなり客観的に見えるようになりました。

その結果、トレーニングの主役は、ペダリングの「どう踏んでいるか」から、パワーの「どれだけ出せているか」「それをどれだけ再現できるか」へ移っていったのだと思います。

これは、自分自身の感覚としてもかなり大きいです。

SSTやFTP走をやるようになると、ペダリングそのものよりも、まずは出力を見るようになりました。何Wを何分維持できたのか。後半に垂れていないか。心拍はどうだったのか。次に同じことを再現できるのか。

きれいに回せているように感じても、必要なパワーが出ていなければ意味がありません。逆に、多少ペダリングがきれいに見えなくても、必要な場面で必要なパワーを出せる選手は強いです。

もちろん、フォームがどうでもいいという意味ではありません。

ただ、評価の中心が変わったということです。

昔は、速くなるために「どう踏むか」を考える比重が大きかった。今は、まずパワーを基準に、「何Wを、何分、どの状態で出せるか」を見ることができるようになった。

この変化は非常に大きいと思います。

ペダリング解析は万人の正解なのか

ペダリング解析という意味では、SHIMANO CONNECT Labの存在も印象的でした。

SHIMANO CONNECT Labでは、SHIMANOのパワーメーターを使用することで、走行後にフォースベクトル解析などを確認することができました。走行データから、ペダリングをかなり細かく可視化できるサービスだったと思います。

ただ、残念ながらSHIMANO公式ページでは、CONNECT Labは2027年3月31日でサービス終了予定で、終了後はログインや各機能の利用ができなくなり、保存されているアクティビティデータなども削除されると案内されています。

では、実際に私自身がこれらのサービスをフルに使っていたかというと、最初は使用していましたが、最近はめっきり、というのが正直な話です。

しかし、ペダリング解析そのものが無意味だったという話ではありません。

フォースベクトルやペダリング効率を見て、自分の癖を知ることができる人もいると思います。左右差や極端な踏み方に気づくきっかけになる場合もあるでしょう。使い方によっては、十分に意味のあるデータだと思います。

ただ、その数値がすべてのサイクリストにとって最重要指標になるかというと、そこは少し違ったのだと思います。

以前、元監督から聞いた話でも、ベクトルや効率を気にすることで速くなる選手もいれば、逆に遅くなる選手もいるそうです。

これはとても印象に残っています。

数字として見えると、どうしてもその数値を良くしたくなります。ペダリング効率が高いほうが良いように見えますし、ベクトルもきれいに出ていたほうが良いように見えます。

しかし、その数値を良くすることと、実際に速く走ることは、必ずしも同じではありません。

合う人には武器になる。けれど、万人の正解ではない。

ここがペダリング論の難しいところだと思います。

ペダリングは不要なのか

では、パワーメーターが普及した今、ペダリングは不要なのでしょうか。

私は、不要ではないと考えています。

ただし、ペダリングは目的ではなくなったのだと思います。

昔のように、上死点でどうする、下死点でどうする、引き足をどう使う、円運動でどう回す、ということを細かく考え続ける必要は、少なくとも多くの人にはないのかもしれません。

それよりも大切なのは、出力を邪魔しないことです。

同じパワーを出しているときに、上半身が暴れていないか。体幹で支えられているか。膝の軌道が極端に乱れていないか。高強度になったときにフォームが急に崩れていないか。

最近、私自身が走っているときに意識しているのは、とにかく体幹です。

一回一回のペダリングをすべて意識するのは、正直かなり厳しいと感じています。特に強度が上がれば上がるほど、細かいペダリング意識は難しくなります。

だからこそ、体幹をバイクの芯に入れて、そこからパワーを出す。今はこの感覚をかなり大切にしています。

脚先だけで踏むのではなく、体の芯がバイクから外れないようにする。上半身がバイクの上で暴れないようにする。膝が変な方向に逃げないようにする。そのうえで、体幹からペダルに力を伝える。

ペダリングを意識しなくなったというより、意識する場所が変わったのだと思います。

昔は、脚をどう動かすかを細かく考えていました。今は、出したいパワーを邪魔しないために、体全体をどう安定させるかを考えるようになりました。

「きれいなペダリング」は、それ自体が目的ではありません。見た目がきれいだから速いのではなく、パワーを出したときに体が崩れず、無駄なく、安全に走れるから速さにつながる。私は今、そのぐらいに考えています。

低強度でフォームを整える

高強度の最中に、細かいフォーム修正をするのはかなり難しいです。

きついときは、どうしてもパワーを出すことで精一杯になり、細かいペダリングを考えている余裕はほとんどありません。

だからこそ、L2~L3ぐらいの低強度で走っているときに、フォームや力のかけ方を修正するイメージを持っています。

高出力で崩れたフォームを、低強度の中で整える。上半身が暴れていないか。体幹が抜けていないか。膝の軌道が乱れていないか。力任せに踏んでいないか。こういったことは、余裕のある強度だからこそ確認できます。

エアロフォームも同じです。

いきなり高強度で無理に低い姿勢を取るのではなく、まずは低強度から慣らす。視野が確保できているか。ブレーキ操作に支障がないか。路面変化に対応できるか。周囲を見られているか。そういう確認をしながら、少しずつ体に馴染ませていく必要があります。

これは特に実走派にとっては大切なことだと思います。

室内であれば安全に追い込める場面でも、公道ではそうはいきません。車もいます。歩行者もいます。路面も一定ではありません。風もあります。段差もあります。

だからこそ、まずは安全第一です。

何年も実走を続けて、事故なく走り続けるためには、速さだけではなく、危険を避ける意識が必要です。パワーを出せることも大切ですが、そのパワーを安全に扱えることはもっと大切です。

それでも直したほうがいいペダリング

ペダリング論は、深掘りしすぎるとかなり難しい話になります。

上死点で何をするのか、下死点でどう抜くのか、引き足をどこまで使うのか、どの角度で力をかけるのか。こういった話は、考え始めるときりがありません。

そもそもケイデンスが90rpm以上であれば、ペダルは1分間に90回以上回っています。1回転は1秒にも満たない動きです。その一回一回を細かく意識し続けるのは、そう簡単なことではありません。

ただし、明らかに直したほうがいい動きはあります。

極端にかかとが下がる。膝が大きく外に逃げる。逆に内側に入りすぎる。上半身が安定せず、左右に揺れる。踏んで、休んで、踏んで、休んでを繰り返すようなギッタンバッコンのペダリングになる。高強度になると急にフォームが崩れる。

このあたりは、速くなるための細かいペダリング論というより、ロスを減らすため、故障リスクを減らすため、安全に走るための基本だと思います。

理想のペダリングを追い求めるという、大層な話ではありません。

しかし、明らかにロスが大きい動きや、体に負担がかかりやすい動きは、見直したほうが良いです。

ペダリングを「美しくする」ことが目的ではありません。パワーを出したときに崩れないこと。長く踏んでも無駄が少ないこと。体に余計な負担をかけないこと。

そう考えると、今の時代でもペダリングを見る意味は十分にあります。

パワーだけでも・・・

パワーメーター時代になり、パワーの重要性は間違いなく高くなりました。

しかし、パワーだけで速く安全に走れるわけではありません。

自転車は、まっすぐ走る技術が必要です。ブレーキも必要です。コーナーリングも必要です。周囲を見る力も必要です。集団の中で安全に走る技術も必要です。

いくらパワーが高くても、まっすぐ走れない、止まれない、曲がれない、周囲を見られないでは危険です。

極端な言い方をすれば、どんなにパワーがあったとしてもまっすぐ走れなければ、とても危険な存在です。

ですので、パワーを出せることは大前提です。しかし、そのパワーを安全に使える技術も必要です。

これは今回のメインテーマではありませんが、ペダリングやパワーの話をするときに、安全に走る技術を切り離して考えるべきではないと思います。

強く踏めることと、速く走れることは近い関係にあります。けれど、完全に同じではありません。

速く走るためには、出力を出す能力と、その出力を自転車の進みに変える技術の両方が必要です。

さらに今はエアロの時代

そして現代のロードバイクでは、空力の重要性もかなり大きくなっています。

同じパワーなら、空気抵抗が少ないほうが速いです。

低い姿勢。小さい前面投影面積。肩や肘の収まり。頭の位置。上半身の安定。こういった要素が、実際の速さに大きく関わってきます。

ただし、ここでも順番を間違えてはいけないと思います。

まずはパワーを出せること。次に、そのパワーを安定して出せること。さらに、安全に走れること。そのうえで、エアロです。

いくらエアロフォームが大事だと言っても、パワーが出なければ速くは走れません。

そして、エアロフォームは基本的に安全マージンが減りやすい姿勢でもあります。視野が狭くなりやすい。ブレーキ操作が遅れやすい。路面変化への対応も難しくなりやすい。特に公道では、形だけエアロを真似するのは危ない場合があります。

もちろん、エアロは大事です。

しかし、エアロはパワーと技術と安全性の上に乗せるものだと思います。

高いパワーを出せる。フォームが崩れない。安全に走れる。そのうえで空気抵抗を減らせる。そこまでできて、初めてエアロフォームは本当の意味で速さにつながるのではないでしょうか。

ペダリング論は終わったのではない

昔のペダリング論が間違っていたわけではありません。

きれいに動かすこと。無駄を減らすこと。体を安定させること。膝の軌道を整えること。これらは今でも、安定してパワーを出し続けるために大切です。

ただ、今はパワーメーターによって、速さにつながる要素をより現実的に見られるようになりました。

何Wで何分続けられるのか。疲れた状態で再現できるのか。その出力を安全に安定して使えるのか。その出力をエアロフォームで維持できるのか。

実際に数値として見えるようになったことで、ペダリングの位置づけも変わったのだと思います。

ペダリングは、パワーを出すための手段です。フォームを崩さず、安全に走り、長く速く走るために必要なスキルでもあります。

だから、ペダリングをまったく気にしなくてもいいとは思いません。

パワーメーターが広く普及した今の時代でも、大切なのは、実際に安全に速く走れることです。

その中で、ペダリングは今でも大切な要素のひとつです。

ただし、以前ほど重要視をされなくなったと思います。

きれいなペダリングは、速さに直接つながる魔法のようなものではないと思います。

しかし、無駄な動きを減らし、フォームを安定させ、必要なパワーを出し続けるための土台にはなります。

だからこそ、ペダリング論は終わったのではなく、主役ではなくなったのだと思います。

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